身の回りにあふれる
ピクトグラムの世界
東京オリンピック・パラリンピックの盛り上がりとともに、ピクトグラムの認知も人々に広がりより身近に感じられるものになりました。ピクトグラムそのものはオリンピック開催よりもはるか前から存在しており、日常生活の様々な場所で当たり前に使われています。駅や公園のトイレの表示、非常口のライトなどはすぐに思い出せると思います。また、小さなものでは、電化製品や洗剤の使用上の注意説明に表記されています。ピクトグラムの機能は、言葉が通じない相手に対しても図記号によって意味を伝えることです。その機能が備わっていればデザインは無限で、ホテルやレジャー施設などではオシャレでユニークなデザインのピクトグラムもよく見かけます。しかし、中にはユニークさを強めるあまり、意図が正しく伝わらないピクトグラムがSNSなどで話題になることもあります。
事故に繋がらない状況であればこのような失敗も大きな問題にはならないかもしれませんが、人身にかかわる状況では正しく伝わらないピクトグラムは許されません。2017年に石鹸洗剤工業会(JSDA)は、洗剤等の商品ラベルやパッケージなどに表記する使用上の注意喚起マーク(製品安全図記号)を新たに開発しました。JSDAは石鹸や洗剤などのメーカーと、それらの原料となる油脂製品のメーカーで構成される業界団体です。外国人を含めた購買者の変動も背景に、日本産業規(JIS)への登録を目指してこのピクトグラムが作成されました。
厳しい試験を
乗り越えたピクトグラム
石鹸や洗剤は正しく使われないと人体に影響を及ぼす可能性があるため、ピクトグラムには誰にでも瞬時に伝わる性能が求められます。また、ラベルやパッケージの一部に印刷して使われるので、小さなサイズでも読み取れて伝わる必要もあります。JISに登録されるには、作成したピクトグラムに対し、理解度試験と視認性試験を行い、高い基準点を超えなければいけません。そのため、理解度の向上にはいくつかの案を比較試験しながら検討し、その後、決まってきた案の図形を微調整しては視認性試験を繰り返し点数を上げていきました。作成したピクトグラムは禁止(してはいけないこと)と指示(必ずすべきこと)の意図をもつため、JISで指定されている図枠に収めなければいけませんでした。特に禁止の枠は、中の図柄を斜線で遮るため、残された狭いスペース内でシンプルで伝わるデザインにしていく難しさがありました。
図案の方針が決まると、こんどは視認性を向上させるための調整です。試験では8.5ミリ四方の大きさでピクトグラムが正確に見えるかを評価するので、元のデザインの形を崩さないように輪郭をコンマミリ単位で微妙にずらして、余白の広さ、線の太さを調整していきました。
ピクトグラムは誰でも簡単に作れるようになってきた一方で、求められる性能によっては緻密な計算や考察が必要になる奥の深い世界だと思います。専門的な経験を活かし、かっこいいだけではない、確実に伝わるピクトグラムをデザインします。